600年の歴史を持つ堺の刃物生産。特に、職人が一本ずつ手作りで仕上げる「打刃物」で名高く、和食で用いられるプロの料理人用包丁では国内シェア約90%を誇ります。極上の切れ味は、今や世界の料理人たちから熱い注目を浴びるほど。プロを魅了する高品質の包丁が生まれる秘密を、各製造工程の紹介と職人たちのインタビューを通して探ります。伝統を次代に受け継いでいくための彼らの取り組み、想いもご紹介。
「堺打刃物」は片刃構造が生み出す切れ味が特徴。両刃が主流の世界でも類を見ない形で、刃は鋭角で切れ味はスパッと鮮やか。柳刃庖丁(刺身用)、薄刃庖丁(野菜用)、出刃庖丁(魚をさばく・肉を切る)など、素材に応じて形状が異なるのも特徴で、種類は40種以上に上ります。製造は「鍛冶」「刃付け(研ぎ)」「最終仕上げ」に分かれた分業制で、各職人が専門技術を磨き上げることで、高い品質を維持し続けています。
製造は「鍛造」「刃付け(研ぎ)」「柄付け」に分かれた分業制で、各職人が技術を高度に磨き上げることで、高い品質を維持し続けています。
鍛冶職人 池田美和さん(池田鍛錬所)
堺打刃物の最初の工程であり、肝となる作業を行うのが「鍛冶職人」。真っ赤に燃える炎で、材料の鉄や鋼を鍛造する工程を手がけます。堺で4代続く鍛冶工房を営む池田美和さん(伝統工芸士)は、抜群の切れ味と耐久性で同業者、取引先からも信頼が厚い職人です。「体で覚えた技で、お客さんに満足してもらえるものを淡々と、確実に作り続けるのが職人。こだわりなどと、意識しているうちはあかんと思うのです」(池田さん)。
鍛冶:製造工程
堺打刃物では、刃に強度としなやかさを共存させるため、硬い「刃金(鋼)」と軟らかい「地金(軟鉄)」の2つの素材を接合させているのが大きな特徴。これを炉の炎で熱し、繰り返し叩いて鍛えることで、金属内部の組織を密にし、極上の切れ味と耐久性を生み出してます。仕上げまでには「焼き入れ」「焼き戻し」など細かな作業が続きます。「すべて炎の温度管理が大切。僕らは炎の色でそれを見極めています。これを間違うと、強い刃は産まれへんのです」(池田さん)。
刃付け職人 森本光一さん(森本刃物製作所)
鍛冶職人が鍛造した包丁は、次に「刃付け職人」の元へ。研ぎや研磨による過程を経て、鋭利な刃を付けていきます。伝統工芸士で現代の名工の表彰も受けている森本光一さんは、この道60年以上の大ベテラン。鍛冶職人一人ひとりの癖を見抜き、一切の歪みがなく、鋭い切れ味に仕上げるのが信条。最近は料理人が直接依頼に来ることも多いとか。「細かな依頼に応えられるのも、手研ぎだからこそ。機械だったらこうはいきません」(森本さん)。
刃付けの工程
最初に刃の表面を荒い砥石で研ぎ、刃先の厚みを落とし、形を整える「荒研ぎ」を行います。続いて、平らな面を研ぎ進めた後、刃先を研ぎ上げる「本研ぎ」、裏面を薄く研ぎあげる「裏研ぎ」へと続きます。最後は目の細かい砥石で仕上げ、錆び止めの油を塗れば完成。最高の切れ味を生むため、「歪みやひずみが生まれないよう、細心の注意を払います」(森本さん)。
木柄職人 辰巳木柄製作所 辰巳勝さん、勝久さん
堺市内には、包丁の「柄」を作る工房があります。かつては10軒以上あったそうですが、現在はわずか数件が残るのみ。こちらは、二代目の社長 辰巳勝さん、息子で専務の勝久さんが切り盛りする工房。「手仕事で一本ずつ仕上げているので、太さの調整、左利き用など、臨機応変に希望に応えることができます。柄は、包丁にとって縁の下の力持ちのような存在。すっと手に吸い付く、手なじみのよさを大事にしています」(勝久さん)。
木柄の特徴
和包丁では「朴(ほお)」の柄を用いるのが一般的。辰巳木柄製作所で製作する木柄は、質の良い飛騨高山産を使用しており、水に強い・やわらかく加工しやすい・目が均質のため割れにくい・軽く手なじみもよいなど、たくさんの利点があります。また、柄に穴を開けて「柄に包丁を差し込む」スタイルも西洋のナイフと異なります。柄の木材は、様々な素材を使用することもあります。
木柄の製造工程
最初に、材料となる角材を円盤鉋で丸く あげます。次に口をサンドペーパーで平らにし、長さを切り揃えた後、包丁を挿すための穴を開けます。口金をつけ、サンドペーパーで何度も研磨し、最後にバフ(研磨布)ですべすべに磨き上げれば完成。
木柄の製造工程 2
高級なプロ用包丁では、柄の口金部分に水牛の角を使用します。色目がよく、硬質のため耐久性が増すのが特徴。また、錐で柄に開けた穴を、コークスで約1000℃に熱した火箸で焼き付けることで、通りを良くしているのも辰巳木柄製作所のこだわりです。「手間はかかりますが、高温で一気に焼き付けることで、煤も出ずきれいな仕上がりになります」(勝さん)。
製造問屋:山脇刃物製作所 山脇良庸さん
分業制により、優れた職人の力を結集させて生み出される堺打刃物。商品企画から職人への発注・取りまとめ、流通までを総合コーディネートしているのが製造問屋です。近年は海外輸出も増加中。「鍛冶職人も刃付け職人も、職人さんにはそれぞれ得意分野があります。それを丁寧に見極め、お客さんのニーズに合わせて、毎回ふさわしい職人に依頼をしています。職人さんに最高の仕事をしてもらう環境づくりも私たちの仕事です」(山脇さん)。
製造問屋:柄付け工程
刃付け職人の手で鋭く研ぎ上げられた刃に、柄を付ける最終工程。発注元の製造問屋で行われます。中子(柄に差し込む刃先)を十分に熱した後、柄に差し込み、柄の底を木槌で叩くと刃がするすると柄の中に入っていきます。刃を歪みなく垂直に差し、重心のバランスを整えるのが職人の腕の見せ所。「完成品を手にとったとき、刃で最も良く使う部分(スイートスポット)に感覚がいくように仕上げています」(山脇さん)
製造問屋:銘切り
最後に刃にブランド名を入れれば、包丁が完成。ブランド名を刃に刻むことを「銘切り」と呼びます。金槌と鏨(たがね)を使い、細い文字を打ち込んでいくには熟練の経験が必要とされます。
後継者育成への想い
〜鍛冶工房 田中打刃物製作所〜
田中打刃物製作所は、四代目である田中義一さんが率いる包丁鍛冶工房。藁を使った焼きなまし(温度を下げる工程)、松炭を使った水焼きなど、昔ながらの伝統工法を継承しています。義一さんの下では現在、一番弟子の息子の義久さん、2017年に入門した奥上祐介さんの2人が修業中。堺では、次世代の職人育成にも力を入れています。
親方 田中義一さん
製造問屋に義一さん指名で注文が来るほどの、この道50年のベテラン職人(伝統工芸士)。鍛冶職人は10年でひと通りが身につき、そこからやっと次の段階が見えてくる厳しい世界。「簡単な道のりではないからこそ、弟子たちには時間をかけ、失敗をたくさんしながら伸び伸びと育ってほしい」(田中さん)。工房伝統の技を受け継ぐのはもちろん、「将来は自分を越えるものを作ってもらえたら」と温かな眼差しに力がこもります。
弟弟子 奥上祐介さん
堺市が開講した「堺刃物職人養成道場」で1年間の研修後、2017年に入社。現在は基礎技術の修得を目指して、日々修業に励んでいます。「大学院では、地場産業の振興政策を学んでいました。その内に、自分が職人となって地域を盛り上げたいと思うようになったんです」(奥上さん)。自分の挑戦を通じて、若い世代に堺打刃物の素晴らしさ、職人という生き方の魅力を伝えていくことも奥上さんの願いです。
兄弟子 田中義久さん
父である四代目の背中を見て育ち、大学卒業後に入門。約20年の経験を持ち、義一さんの右腕として活躍中。「2年前に親方が新弟子を雇ったのは、僕の代とその先の発展を見据えてくれてのこと。自分もまだ半人前ですが、親方の思いに応えられるよう、奥上くんと一緒に工房を盛り上げていきたい」(義久さん)。世界で唯一の特徴と品質を誇る堺打刃物。ここでは、600年の伝統を次世代に伝えていくための、確かな歩みが始まっています。